広辞苑第六版


(RICOH Caplio GX100)

辞書が大好きだ。持つだけで、何だか賢くなった気がする。

広辞苑の第六版が1月11日に発行された。今まで使ってきたのは1991年11月15日に発行された第四版であるから、随分と久しぶりの購入となった。

しかも、今回購入したのは机上版である。やたらにでかい。でも、大きい分、活字も大きい。
はずかしながら、最近は細かい字を見るのに苦労する。眼鏡をとり、近寄らないとよく見えない。老眼になってきたのだ。

机上版は、見ての通り2巻本になっている。さすがにこれだけ大きいと、1巻本にするには腕力が必要なのだろう。

机上版はさすがにいい。字もはっきりと見え、余白も大きい。実を言うとこの余白が大きいというのが今回机上版を購入したもう一つの理由である。書き込みスペースが多くあるということである。 何か言葉を調べる。そうすると、調べた本の題名や、文章をそこに書き込んでおくのである。たまってくると、結構楽しい作業である。

今回、予約特典についてきた、「広辞苑一日一語」である。

岩波新書と同じサイズである。その日、その季節にかかわりの深い言葉を一つ選び、広辞苑からその言葉を紹介している。なかなかいいアイディアだと思う。その日を見ればその日の年中行事や季節などが選ばれている。ちなみに今日14日は『うい・こうぶり【初冠】成年に達した男子が元服して初めて冠をつけること。ういかがふり。伊勢「昔、男、ーして」』とある。
今日、全国で成人式が行われた。


さて、今回の改定でもいろいろなことが行われたが、よくあるのが、最新のデータを反映するということ。 ちょっと、どう変わっているかを調べてみた。


(広辞苑第四版)
第四版(第五版も同じ)では、「長野県生れ」となっているのである。 ちなみに、このことは、何も以前の版が間違っているということではない。現に、「夜明け前(新潮文庫)」にある島崎藤村の年譜には、「明治五年(一八七二年)三月二十五日、筑摩県第八大区五小区馬籠村(現、長野県木曽郡山口村)に生まれる。」とある。
種を明かせば、島崎藤村の出生地は、2005年2月にあった越境合併で、長野県木曽郡山口村が岐阜県中津川市となったのである。
新しい辞典が発行されると、このように、以前との版の違いを楽しむことができる。今回は新収項目が10000あるというので、その一つ一つにあたるわけにはいかないが、しばらくは楽しめそうだ。


おまけの袋が洒落ている。

この二冊のパンフレットは広辞苑の蘊蓄話が詰まっている。

まだまだ、書きたいことがたくさんあるけれども、今回はここまで。
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3 Comments.

  1. いいですねぇ〜
    デジタルもいいですが、紙のメディアはあらためていいと思います
    調べるという実用本位より、めくる、読む、ながめるというような、楽しむ要素があるからです
    しかし大きいですね
    (しかも重そう…落としたらバラバラになりそう…)

  2. 見たからにずっしりとした重量感が何とも言えないですね。
    それを表現できるカメラの凄いなぁと感じました。
    持つだけで、何だか賢くなった気がするって、よく分かります!
    でもそれだけじゃなくて、暇な時にパラパラめくっていくと実際に後になって覚えているもんなんですよね。
    重宝しますね!

  3. >Kさんへ
    辞書はやっぱり紙がしっくり来ます。自分の思考にあっているというか、一つの言葉を調べるとき、五十音を追って行きながら、その言葉に当たる。この感覚がいいんですね。
    もちろん、パソコンに入っている辞書は瞬時に検索できます。これは、これで便利です。
    その時に何をしているか、状況によって使い分けるのがベストです。
    >Flatelephantさんへ
    確かに思いです。その重さを身体で感じながら言葉と付き合って行く。言葉の重みも感じながら…。
    紙の辞書はパソコンにはない利点があります。それは、その言葉の周辺も見渡せるということです。一つの言葉を調べると、その周辺にある言葉も当然目に入ってきます。そこから、また、さまざまな興味が起きてきます。それがまた、楽しいんですね。言葉の旅が始まります。
    もっとも、そのおかげで集中できないという欠点もあるのですけれどね。